2020/10/21 17:40
渡船場から車でおよそ10分。山のてっぺんにある明石農園は、島の名物ネーサン・明石栄美子さんが営んでいる。そのパワフルな活動に圧巻!
【島のアチコチから聞こえてくる「栄美子さん」という名前。その正体とは?】
能古島に引っ越してきて、もうすぐ5年が経とうとしている。移住当初は島でどうやって暮らしていくのか分からず、手探り状態だった。
近隣への挨拶からはじまり、地域の行事や当番についてなど、常に「どうすればいいの?」という言葉が、頭の中を駆け巡っていた。
そんな中、船内で会った地元の人に話しかけて聞いてみたり、子どもが通う保育園で保護者の方々と話すうちに、少しずつ島での暮らし方がわかってきたように思う。そしてどんな人がいて、その方々がどんなことをしているかも。

2〜3ヶ月ほどコツコツと『独自リサーチ』を続ける中で、よく出てくる名前があった。
「栄美ちゃんがはじめたんよ」、「栄美子さんに聞いてみて」ー。
島の人々から栄美ちゃん、栄美ちゃんと親しまれているその人は、今回の主役である【明石農園】の明石栄美子さんのことだ。生まれも育ちも能古島という彼女は、農園を営むだけでなく、持ち前のリーダシップで、JAの事業や地域の活動、小中学校の行事などの旗ふり役ということを知る。

私自身が、その「栄美子さん」とキチンと会話ができたのは意外にも島内ではなく、ふいに立ち寄った博多駅だった。
駅内の商業施設で「ノコノシマン」と呼ばれるみかんの着ぐるみを纏い、能古島の甘夏を絞った缶酎ハイの売り子をしているではないか。春休みで人の渦ができていたが、オレンジ色の大きな頭は抜群の存在感を放っていた。
「甘夏チューハイ(*1)です!どうぞー!どうぞー!」と大きな声を張り上げて、試飲を促すノコノシマン。その姿は、とても眩しく見えた。
「この着ぐるみ、すごく目立ちますね!」と声をかけると「よかろ?ノコニコカフェ(*2)のしょーこちゃんが作ってくれたんよ!あの子、裁縫が得意やけんね!」と笑った。聞けば、能古島をPRすべく着ぐるみをオリジナルで作製し、これを着て各地に出向いているらしい。時にはテレビにも出演するそうだ。
どーんと大きなオレンジのマスクに、ひらりとはためく真っ赤なマント。都会の人ごみの中で物怖じもせず、パフォーマンスを繰り広げるノコノシマンは、エネルギーに満ち溢れていた。

↑ 能古小で甘夏の説明をするノコノシマン
(*1)能古島甘夏チューハイは、JR九州とJA能古島が企画開発した商品。博多駅構内で販売中。
(*2)ノコニコカフェは、能古島の渡船場のロータリーにあるお店。「ヒゲちゃん」と「しょこむ」の愛称で親しまれているおふたり

【畑のキャリアウーマンが目論む、農家が潤う仕組み】
能古島のPRにも一役買っている栄美子さんの畑は、山のてっぺんにある。アイランドパークへ向かう途中にある『思索の森』の近く、甘夏の樹木が生い茂る小道をずんずん進んでいくと見えてくる。
「これが終わるまで、ちょっと待っててね!」と、長いホースを使って手際よく肥料をまくその姿は、畑のキャリアウーマンといった感じ。テキパキと動きに無駄がない。

主に甘夏を育て、冬にはレモンや温州みかんを出荷している明石農園では、農林水産省が認定する『エコファーマー制度(福岡県)』に基づき、減化学肥料、減化学農薬に努めているのだとか。「消毒は年4回。みかんの葉っぱや皮にポツポツと斑点みたいなのができるでしょ。これをカイヨウ病と言ってね。病気を防ぐにはどうしても消毒が必要かな。でも出荷の3ヶ月前には、農薬をストップして育てているんよ」。


明石農園の敷地面積は、およそ3町(さんちょう)、30,000㎡もあるのだとか。これを女性たった一人で切り盛りしているから驚きだ。
「(夫の)テルちゃんは、島内の施設で正社員になってもらったんよ。その方が稼ぎがいいからさ。農業は不安定な職業やけん」。
いつも元気でパワフルな栄美子さんの口から意外な発言があったものだから、こちらは反射的に「大丈夫、どうにかなりますよ」と励ましの言葉をかけそうになったが、躊躇してしまった。
というのも5年前。記憶にある人も多いと思うが、数十年に一度の大寒波が九州を襲った。あっという間に各地を真っ白な景色に変えてしまったその冬、順調に実っていた甘夏や日向夏、温州みかんなどが凍結してしまい、島のほとんどの農家は壊滅的な被害を受けた。明石農園農もそのひとつで、この1年間は市場に出せるみかんはほとんどなかったそうだ。「農業は面白さもあるけど、自然相手だし体もキツイ。正直に言うと、儲かる商売じゃない。だから、子どもたちに農園を継いでくれとは、自分の口からはとても言えないなぁ・・・」と複雑な心境を語ってくれた。

農業は厳しい職業ー。昨今、農家を盛り上げるべく、消費者と生産者とを直接つなぐ通販サイトやIT導入など様々な動きが見られるが、未だリスクが高いというイメージは拭えない。
ただ、ここで終わらないのがやっぱり「栄美子さん」なのだ。少しでも農家が潤うようにと考え、10年前に立ち上げたのはJA能古島支店の『加工部会』だ。市場には出荷できない、いわゆる規格外品を加工に回して、お金に変えていく。
最初は、漁協の調理室などを借りてコツコツと活動をしていたが、2年前には自前の加工場を構えた。甘夏のハイシーズンともなれば島内の柑橘農家の規格外品が大量に運ばれ、飲食店などに卸す果汁が絞られていく。「ちょっとずつ能古の甘夏も価値が上がってきて、少しずつ値がついてきてるんよ!」と、満面の笑みで誇らしげに語る彼女は、やっぱり島を盛り上げる名物ネーサンなのだ。

畑を訪れた日は、秋晴れの気持ち良い日だった。あちらこちらでコスモスが咲き、栄美子さんは15年前に植えたというマイヤーレモンを収穫していた。「マイヤーは、酸味が少なく果汁がしっかり絞れるからね。お菓子に使ったり蜂蜜漬けがオススメかな」。
この日、小学校のPTA仲間が手伝いに来られていた。甘夏の収穫や加工の時も、栄美子さんの側にいる仲の良いメンバーだ。「秋だけど、太陽が眩しくてまだ暑いね!今日の収穫が終わったら、みんなでビールで乾杯しよう!」と、持ち前の威勢の良い声が響き渡った。
